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技巧がどうのじゃなくて [Music]

読書No.2017-002 : どこかでベートーヴェン (『このミス』大賞シリーズ)

 ベートーヴェンのAppassionata、聴けば聴くほど曲は男っぽい。自分の頭の中では彼の曲は男が描く男、男が描く女、みたいな所がショパンやモーツァルトと大分違う。何と言うのかな。言葉下手な、周りの見えていない愛情に目が眩んだ男のような印象。愛の対象は異性でもモノでも音楽でも良くて、恐らく聴く人の解釈によるものなのだろうが、煩悩に自ら没頭する事で脳内アドレナリンを爆発させている感じ。

 
 上の小説にも出てきた月光は、どうやったらその三つを繋げられるのと言いたい所。聴くとどうしても想像してしまう…。いい曲なんだろうけど、でももうちょっと全部を大人な組み合わせにはできなかったものか。
自分には1楽章は湿度の高い強い風が吹く夕暮れの波打ち際が見え、2楽章は晴れた空の下で花輪でも作ってそうな少女かコルセットも締めた事がないくらい若い娘にステップを踏ませるための曲、3楽章は大人の恋愛(心臓保たない)が見える。2楽章だけがちと違和感。もっとあざとく出来ただろうに。

 本などと同じで、子供の時に聴いた音の印象と、大人になってから聴いた曲の印象とでは随分見え方、感じ方が違うなあと思う今日この頃である。

 楽聖の曲に対し大変低俗な見方をしてしまったが、知識も教養も無い自分には何分にも曲の作りと音が直截的過ぎていかん。

 所で、先述の小説の話だが、この作者はこのシリーズだけでは無く、ほぼ全ての小説で主人公に致命的な欠陥があるのが読んでいて癖になる。実は現実の世の中結構な数で「致命的な欠陥」のない人もいるものだ。頭はいい、顔もいい、スタイルも良くて性格もいい。友達はいるし、環境にも恵まれ、家庭にも恵まれている。でも大抵そんな人たちは似たような属性の人達とつるむ。それだと殆ど視界に入って来ないから、小説の中の主人公に何かしらの欠陥が有るとぐっと親近感が増す。だからこそ心を寄せられるのだと思うが。

 因みに自分も全く同じではないが似たような症状に陥った事がある。その時は、本気で狼狽えた。一時的に精神的なストレスが掛かった時にキィと言う音が聞こえて、その後全く外の音が聞こえなくなった。自分で声を出して見ても聞こえなかった。暫くして耳の奥にサーッという音が段々大きくなってきて、その後ようやく外の音が聞こえるようになった。

 次に耳系でやばいなと感じたのは、それから10年以上も経ってから別の症状が出た時。耳に負担をかけているわけでもないのに、ほぼ毎日の様に環境音が静かになると、右耳の奥でモールス信号のような高周波の信号音(ピッチは安定しているけれど、モールスっぽい)が聞こえるのだ。これは流石に怖かった。これぞいわゆる「電波系」?と本気で心配したし、その音は夜も眠れないぐらいにしつこかったが、健康診断などの聴力検査では特に異常は発見されなかった。これは数ヶ月続いた後、音が小さくなり気にならなくなって、その後信号音は聞こえなくなってしまった。

 最後は現在、普通に聴力の劣化。右耳は今、左耳よりも感度は悪くなっている。例えば、何かを擦り合わせたりする時に出るカサカサと言う音がキャッチしづらくなっている。また、時計の針のチッチッと言う音が、聞き取りづらい。趣味で楽器も弾くが、自分の感情を揺さぶっていたあれらの音が聞こえなくなったら、今ももしかしたら耳に届いていないとしたら、と考えると、かなり落ち込む。音はわかるが音質までは、もう昔の様には聞こえない。そう思うと、主人公が感じる痛みのいくばくかは共感できる。もうこのシリーズは書かないのかね、続刊を待ちたい。
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